[生成AI考]第2部 悩める現場

 「歴史的にこの位置からは、パーの確率が87・5%、バーディーは6・25%」。4月に行われたゴルフのマスターズ・トーナメント最終日。パー5の8番ホールでタイガー・ウッズの第3打がグリーンに乗ると、大会公式アプリにはこんな予測が表示された。米IBMが開発した生成AI(人工知能)によって、作成されたものだった。

 米ジョージア州オーガスタで開催されるマスターズは世界最高峰のゴルフの祭典だ。伝統を重んじ、観客はスマートフォンの持ち込みが禁止され、手動式のリーダーボードを見ながら上位選手の順位を確認する。会場はアナログな雰囲気に包まれるが、現地で観戦できないファン向けに昨年の大会から生成AIを使ったサービスの提供が始まった。

 過去のデータに基づき、選手のショットごとに予測を表示するだけでなく、音声解説付きのハイライト映像もあった。ゴルフ用語を学習させて選手のショットとパットに解説ナレーションを自動で付ける。英語版に、今年はスペイン語版も加わった。「AIを活用した数値をスポーツで見るのは面白い」。サウスカロライナ州でソフトウェア販売をしているマシュー・ライアンさん(33)は、休憩時間などに無料の公式アプリを利用して楽しんだ。

 マスターズに長年協力してきたIBMの広報担当者は今年のアプリについて、「世界中のより多くのファンに興奮をもたらすことができた」と自賛した。デジタル端末を使いこなす若い世代に訴求する新しい方法を模索しており、「生成AIの力を活用すれば、デジタル空間での体験を向上させ、スポーツイベントは世界中で視聴者を増やすことができる」としている。

 新たな楽しみ方の創出に加え、選手の補強戦略にも生かされ始めた。サッカーのスペイン1部リーグの強豪セビリアは、IBMとともに「スカウトアドバイザー」と呼ばれるシステムを開発した。クラブのスカウト陣が各国リーグの選手を視察して作成した約20万のリポートを生成AIが要約。ポジションや年齢など補強条件に合う選手のリスト表示機能と組み合わせている。

 世界的スターは影響力が大きいだけに、AIが悪用される懸念はある。

 昨年はドイツの雑誌に、スキーの転倒事故で頭部を強打してから公の場に姿を見せていない自動車F1シリーズ元王者のミヒャエル・シューマッハー(独)の偽インタビューが掲載された。「初のインタビュー」と大きな見出しを付けたが、自身の健康状態や家族に関する言葉は全てAIによって生成されたもので、記事の後半にそれが明かされる。出版社側は「この悪趣味で誤解を招く記事は掲載されるべきではなかった」と認めて家族に謝罪し、編集者を解雇する事態となった。

 サッカーのリオネル・メッシ(アルゼンチン)が母国語でない英語で記者会見に応じるフェイク動画が作られたこともある。

 スポーツとAIの関係に詳しいニューヨーク大学スターン経営大学院のバサント・ダール教授は肖像権などアスリートの権利を守るため、「取り締まる新しい法律や規制が必要だ」と指摘。スポーツ界は情報量と分析力が勝負を分けるようになっており、「リスクを除けば、従来のAI、生成AIどちらも活用余地が大きい」と話している。

(出典:読売新聞)




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(出典:読売新聞オンライン)